大阪地方裁判所 平成8年(ワ)8935号 判決 1997年6月26日
大阪府東大阪市下小阪二丁目一四番九号
原告
株式会社エスプランニング
右代表者代表取締役
佐々木和弘
右訴訟代理人弁護士
村林隆一
同
今中利昭
同
浦田和栄
同
松本司
同
岩坪哲
同
酒井紀子
同
田辺保雄
同
南聡
同
冨田浩也
同
深堀知子
大阪府東大阪市長堂一丁目八番五号
被告
株式会社スマイル
右代表者代表取締役
石田稔
右訴訟代理人弁護士
松本剛
同
泉裕二郎
同
大場めぐみ
主文
一 被告は、東大阪市において、文具、玩具、袋物、食器、ファンシーグッズ等販売の営業につき別紙目録(一)、目録(二)及び目録(三)記載の各営業表示を使用してはならない。
二 被告は、大阪法務局東大阪支局平成八年三月一日付の設立登記中「株式会社スマイル」の商号登記の抹消登記手続をせよ。
三 被告は、大阪府東大阪市長堂一丁目八番三七号所在「ヴェルノール布施(布施ビブレ)」内の被告店舗に存する別紙目録(一)及び目録(二)記載の各表示及び「スマイル」の表示を使用した看板、案内板、包装、値札、領収書、シールを廃棄せよ。
四 被告は、前項記載の「ヴェルノール布施(布施ビブレ)」東南入口及び西南入口付近にある「ヴェルノール布施(布施ビブレ)」の案内板中の「スマイル」の表示を抹消せよ。
五 被告は、原告に対し、金二三四万一六二六円及びこれに対する平成八年九月六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
六 原告の営業表示使用差止請求中、第一項認容部分以外の部分を棄却する。
七 訴訟費用は被告の負担とする。
八 この判決は第五項に限り仮に執行することができる。
事実及び理由
第一 請求の趣旨
一 被告は、別紙目録(一)、目録(二)及び目録(三)記載の各営業表示を使用してはならない。
二 主文第二ないし第五項同旨
三 仮執行の宣言(第二項を除く。)
第二 事案の概要
一 本件は、平成七年二月末から東大阪市下小阪二丁目一四番九号(近鉄奈良線八戸ノ里駅前)所在の店舗(以下「原告八戸ノ里店」という。)において、別紙目録(四)記載の営業表示(以下「原告表示」という。)を使用してファンシーグッズ等の販売をしている原告(甲三一、原告代表者)が、原告表示は少なくとも東大阪市、大阪市東成区及び八尾市において消費者の間に広く認識されているところ、平成八年三月一日から東大阪市長堂一丁目八番三七号(近鉄奈良線布施駅前)所在「ヴェルノール布施(布施ビブレ)」内の店舗(以下「被告店舗」という。)において、別紙目録(一)及び目録(二)記載の各営業表示(以下、それぞれ「被告表示(1)」、「被告表示(2)」という。)並びに別紙目録(三)記載の営業表示(以下「被告表示(3)」という。)のうちの「スマイル」の表示を使用して、文具、玩具、袋物、食器、ファンシーグッズ等の販売をしている被告(争いがない。)に対し、被告表示(1)、(2)及び「スマイル」の表示を使用することにより原告の営業と誤認混同を生じさせると主張して、不正競争防止法二条一項一号、三条に基づき被告表示(1)、(2)及び「スマイル」の表示の使用の停止、「スマイル」の表示を除く被告表示(3)の使用の予防、「株式会社スマイル」なる被告の商号登記の抹消登記手続、被告表示(1)、(2)及び「スマイル」の表示を使用した看板、案内板、包装、値札、領収書、シールの廃棄並びに「ヴェルノール布施(布施ビブレ)」の案内板中の「スマイル」の表示の抹消を求めるとともに、同法四条に基づき損害賠償として二三四万一六二六円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成八年九月六日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるものである。
なお、原告は、平成八年五月一〇日、大阪地方裁判所に対し、被告を債務者として、本件訴訟と同様の理由により被告表示(1)の使用の差止等を求める仮処分を申し立て、同裁判所は、同年七月一人日、東大阪市における被告表示(1)の使用の停止及び被告表示(1)が記載された看板等の執行官保管を命ずる旨の決定をした(以下「本件仮処分決定」という。)。同年八月一日、大阪地方裁判所執行官は、原告の本件仮処分決定の執行の申立てに基づき、被告表示(1)の記載されたポリ袋、包装紙、シール及び手提げ袋について、執行官保管の手続をした。被告は、その後、被告表示(1)に代えて、被告表示(2)を営業表示として使用している(争いがない。)。
二 争点
1(一) 原告表示は消費者の間に広く認識されているか。
(二) 被告表示(1)ないし(3)は原告表示に類似し、誤認混同を生じさせるものであるか。
2 原告は不正競争防止法三条に基づき被告の商号登記の抹消登記手続を求めることができるか。
3 被告が原告に対して損害賠償責任を負う場合に支払うべき金額。
第三 争点に関する当事者双方の主張
一 争点1(一)(原告表示は消費者の間に広く認識されているか)について
【原告の主張】
1 原告表示は、原告の次の(一)ないし(四)のような活動により、少なくとも東大阪市、大阪市東成区及び八尾市において消費者の間に広く認識されているものである。
(一) チラシの配付
原告は、原告八戸ノ里店の開店に際して、阪南グラフィック株式会社に依頼してA5判のチラシを一万枚作成し、近郊の駅前で配布した。
(二) メンバーズカードの発行
原告は、平成七年四月、阪南グラフィック株式会社に依頼してメンバーズカード(甲一)を作成し、原告八戸ノ里店の来店者に対して発行しており、メンバーズカードの発行を受けた者の数は三五〇〇人程度に達している。
(三) ダイレクトメールの発送
原告は、平成七年八月に「秋の優待セール」、平成八年二月に「オープン一周年感謝セール」、同年四月に「スプリングフェア」、同年七月に「エスマイルサマーセール」の各セールを行い、その案内のためにメンバーに対してダイレクトメール(甲二、四、五、一六)を送付した。
(四) 新聞折込広告
原告は、平成七年一二月に「年末大感謝セール」を行い、その宣伝のためにB5判のチラシ(甲三)を二〇万枚作成して、東大阪市の全域、大阪市東成区及び八尾市の一部の地域において、朝日、毎日、読売、産経の各新聞の折込広告の形で配布した。東大阪市の世帯数は一八万八七七二世帯であり(甲一五)、折込数が一六万四三〇〇枚である(甲七)から、ほぼ八七%の世帯に配布したことになる。また、大阪市東成区及び八尾市の世帯数は合わせて一二万七一五三世帯であり(甲一五)、折込数が三万二九〇〇枚である(甲七)から、ほぼ二五%となるが、大阪市東成区及び八尾市の全域ではなく、東大阪市に隣接した地域のみに新聞折込みをしたのであるから、その限定された地域では東大阪市の場合と同程度の割合で配布したことになるものと思われる。
確かに新聞の折込広告の数は被告主張のように膨大ではあるが、その多くはマンション等の不動産関係の広告やスーパーマーケット等の特売の広告であって、ファンシーショップの広告が入ることは多くないから、原告の配布した広告は新聞購読者の目にとまりやすい。また、原告の広告の対象者のうち、学生などは、不動産関係や特売の広告には興味を示さないし、若い主婦層は、広告に丹念に目を通すということができるから、新聞の折込広告の数が膨大であるからといって原告の広告が目につかないということはできない。更に、割引券付きの広告であれば、新聞購読者はそれを利用しようとするのが通常であるから、割引券が付いている原告の広告は目にとまるものである。現に、オープニングセールのときにはほとんどの客が折込広告を持参していた。被告が主張するところは、広告一般についてのものにすぎず、広告の特徴を全く度外視したものである。
2 不正競争防止法二条一項一号にいう「需要者」とは、具体的にはその商品などの取引の相手方を指すものであり、「広く認識されている」(いわゆる周知性)とは、取引者又は消費者の全部が知っている必要はなく、特定の範囲、階層の者が知っていればよい。したがって、性別、年齢等を詳細に考慮して周知性を判断すべきであり、被告提出の乙第一号証(株式会社船井総合研究所作成の説明書)のように性別、年齢を考慮しないマーケットサイズを判断基準とするのは失当である。同号証においては、取扱商品の特殊性を考慮して消費額に二分の一を乗じているが、そのようなおおざっぱな基準で周知性を判断することは抽象論の域を出ず、実際とは合致しない。
本件のようなファンシーショップを利用するのは、女性、それも学生、OL、主婦が中心で、そのほとんどは九歳から二九歳までであって(九歳未満の子供は、一般に親と一緒に来店すると考えられるから、親とは別にカウントせず、一方、親の方からいえば、三〇歳以上になると、その子供は親と一緒にではなく子供同士で来店すると考えられるから、それほど頻繁に来店することはない。)、これらの者の間において、原告表示は広く認識されているということができるのである。
【被告の主張】
営業表示が周知性を取得しているか否かを判断する資料としては、<1>営業表示自体の内容、<2>営業の内容、規模の大小、取引の形態、<3>営業表示の使用期間、使用方法、<4>宣伝広告等が挙げられるところ、これらの点を検討すれば、原告表示は、次の1ないし4記載のとおり、周知性を取得しているということはできない。
1 営業表示自体の内容
営業表示自体が奇抜性、新奇性、独創性を有する場合には、顧客に強くアピールし、周知性を取得しやすい。ところが、原告表示の呼称「エスマイル」の「スマイル」という語は「笑い、笑顔」という意味の英語に由来する広く知られた言葉であり、多くの営業者によって営業表示そのものあるいはその一部として広く使用されている(乙七、八)。外観も、青地に白色ゴシック体のアルファベットで「S.mile」と書いたもので、ありふれたものである。
このように、原告表示は、特に奇抜性、新奇性、独創性を有しないのであるから、原告表示が周知性を取得するためにはかなりの営業規模、営業期間、広告活動を必要とするところ、後記2ないし4のとおり、それらの点を肯定することはできない。
2 営業の内容、規模の大小、取引の形態
原告の営業内容は、ファンシーグッズ等の販売であり、顧客は近隣の住民に限られる業種であるから、その商圏は狭く、周知性の地域的範囲も狭い。このことは、原告八戸ノ里店のある近鉄八戸ノ里駅と被告店舗のある近鉄布施駅とは、その間に永和駅、小阪駅の二駅があり、距離にして約二・五キロメートルであるところ、原告が新たに近鉄小阪駅前に小阪店(以下「原告小阪店」という。)を開店していることからも窺うことができる。
また、原告の営業規模は、平成八年一一月に原告小阪店を開店するまでは店舗数一、店員数一〇名、売上高年間一億円程度であったから、このような規模では八五万人を超える人口を持つ商圏において原告表示が周知性を取得しているとはいえない。
3 営業表示の使用期間、使用方法
原告が原告表示を使用している期間は、被告が被告表示の使用を開始するまでで約一年、現在まででも二年足らずである。営業表示は、商品が流通することにより広い範囲で周知性を取得することが可能な商品表示とは異なり、もっぱら客の来店や宣伝広告によって周知性を取得するほかはないから、右のように二年足らずの短い期間で周知性を取得することは困難である。
4 宣伝広告
原告の宣伝広告活動は、二〇万枚の折込広告が二回、一〇〇〇枚単位のチラシの配布やハガキの送付が数回あるにすぎず、現在までに原告が原告の店舗の宣伝に費やした費用は一〇〇万円程度である。
原告は、新聞折込広告を一度すればその世帯に原告の店舗が知られるようになるかのように主張するが、毎日配布される膨大な数の新聞折込広告のすべてに毎日目を通す学生、主婦がどれくらいいるか疑問であり、大多数はそのような折込広告があったこと自体も忘れられ捨てられていくのであって、折込広告の種類は、不動産関係、スーパーマーケットの特売広告のみならず、飲食店、エステティックサロン、陶磁器店、ホテル、服飾雑貨店など多岐に及ぶから、購読者に目を通してもらうためには、目立つものを何回も配布する必要がある。原告は、割引券が付いている原告の広告は目にとまるものであるとも主張するが、原告の広告自体、特に目を惹く大きさ、色彩ではないし、割引券付きであることも一見しただけでは分からない。
二 争点1(二)(被告表示(1)ないし(3)は原告表示に類似し、誤認混同を生じさせるものであるか)について
【原告の主張】
被告表示(1)ないし(3)は原告表示に類似し、被告が原告の営業を行っているかのような誤認混同を生じさせるものである。被告表示(1)及び(2)について、その理由の詳細は、以下のとおりである。なお、被告は、「スマイル」の表示を除く被告表示(3)は現在のところ使用していないが、本件仮処分決定により被告表示(1)の使用が禁止されるや、被告表示(2)を使用していることからすれば、本件訴訟において被告表示(1)及び(2)の使用が禁止されれば被告表示(3)のうちいずれかを使用するおそれが極めて大きい。
1 営業表示の類否については、外観、観念、称呼のうちいずれか一つでも類似していれば、類似しているとされるのである。
また、類似しているかどうかを考えるには、識別のポイントを考えることが重要であり、本件においては、表示の外観、観念が識別のポイントということができる。
(一) 原告表示の外観が、紺の地に白色ゴシック体のアルファベットで「S.mile」と抜かれたものであること、「S」の一部が熊の顔になっていることからすれば、原告表示は外観にポイントをおくものであることが明らかである。取引相手が専門家などではなく、一般消費者、特に学生や主婦であることからしても、また、外観を重視するファンシーグッズの企画、製造、販売というその業務内容自体からしても、そのようにいうことができる。
(二) 原告表示の観念がスマイル(笑い、笑顔)であることは明らかである。取引業者においても、原告表示を日本語読みした「スマイル」と同視しているのである。
(三) 原告表示の称呼は、「スマイル」と「エスマイル」の二つであり、「エスマイル」に限られるものではない。
(1) 原告の商号は「エス」で始まるが、原告の商号と原告表示とは、何ら関係がない。原告の商号がエスプランニングであるのは、代表取締役の氏である「SASAKI」の「S」と、会社の目的が文具、玩具、袋物、食器などの企画、製造、販売であることにちなむものである。これに対して、原告表示「S.mile」は、英語の「Smile」に由来するものであり、ファンシーショップという営業内容から、いつも「笑い」のある明るい店にしたいとの趣旨から採用したものである。ただ、「エスマイル」という称呼も使用しているのは、「スマイル」という称呼が親しみやすく分かりやすいのに対し、少しばかり洒落た称呼を使用することにより、異なる顧客層の支持を得て、より広い顧客の関心を惹くためである。
(2) 原告表示「S.mile」は、「S」と「m」の間に「・」があるが、重要なのはあくまで「S.mile」という表示であり、これからは、「エスマイル」と「スマイル」のいずれの称呼も生じるのであり、いずれを使用するかは顧客の自由である。むしろ、「S」と「m」の間の「・」は、他の文字に比べて小さなもので、目にとまりにくいものであるうえ、取引の相手方は専門家などではなく、一般消費者、特に学生や主婦であり、これらの者は説明を受けてはじめて「エスマイル」と読むことも可能であることが分かるのである。原告は、混乱を避けるため、ダイレクトメールやチラシには「エスマイル」を統一して使用しているにすぎない。
2(一) 被告表示(1)は、以下のとおり、外観、観念、称呼のいずれにおいても原告表示と類似しており、両者を識別することは困難である。
(1) 被告表示(1)は、紺の地に白色筆記体のアルファベットで「smile」と抜かれたものであること、「i」の字の「・」の部分が女の子の顔となっていることから、外観が重要であることが明らかであるところ、外観について原告表示と比較すると、冒頭の「S」の字が、原告表示では大文字であるのに対し、被告表示(1)では小文字であり、原告表示では「S」と「m」の間に「・」があるのに対し、被告表示(1)にはこれがないが、一見すれば同じように見えるものである。
被告は、ゴシック体と筆記体という字体の差異及び熊の顔と女の子の顔という点の差異を強調するが、そもそも営業表示は、凝視したり細部まで観察するものではなく、瞬間的に目に入ってくるものであって、離隔的に判断されるものである。しかも、本件では、取引の相手方は専門家などではなく、一般消費者、特に学生や主婦である。したがって、字体の差異は明確に認識されるとはいえないし(特に、被告表示(1)に使用されている筆記体は、流れるような字体ではなく、丸ゴシック体に近いものである。)、文字の一部分を顔にしている点も、表示全体の中に占める割合はわずかなものであり、原告表示においてははっきりと顔の形を取っているわけではないことからすると、原告表示と被告表示(1)は、紺の地に白色で抜かれたアルファベット及びアルファベットに飾りとして顔の絵柄が入っている点で同じ外観を有する。
(2) 観念について、被告表示(1)もスマイル(笑い、笑顔)であることは明らかであり、原告表示と同じである。
(3) 称呼についても、原告表示を「スマイル」と読むと被告表示(1)と全く同じであるし、「エスマイル」と読むとしても「スマイル」の部分で被告表示(1)と共通しており、最初が母音の「エ」であって聞き取りにくいことからすると、ほぼ同じ称呼ということができる。
(二) 被告表示(2)は、以下のとおり、外観、観念、称呼のいずれにおいても原告表示と類似しており、両者を識別することは困難である。
(1) 被告表示(2)は、白地に赤色の丸みを帯びたゴシック体で「スマイル」と記載したものであるところ、外観について原告表示と比較すると、原告表示がアルファベットで表示されているのに対し、被告表示(2)は片仮名で表示されていること、原告表示が紺の地に白色文字であるのに対し、被告表示(2)は白の地に赤色文字であること、原告表示は、その一部が熊の顔になっているのに対し、被告表示(2)は文字のみからなることという点において異なるものの、取引の相手方の識別力あるいは営業表示を見る時間等に鑑みると、これを見る者の記憶に残るのは、色彩が白色と原色の組合せであり、文字がゴシック体という点であるということができる。また、原告表示を見る者の識別力からして、これを「スマイル」と同視することは多々あり、被告自身も、被告表示(1)を使用していたころから、「スマイル」の表示も値札等に使用していたのであり、「smile」と「スマイル」とを区別していなかったものである。
(2) 観念について、被告表示(2)「スマイル」は、アルファベット表記の「smile」及び「smile」の日本語読みであって、原告表示の観念そのものである。顧客は、原告表示について、「スマイル」という日本語読みとともに記憶し、識別することが多いということができる。
(3) 称呼についても、原告表示を「スマイル」と読むと被告表示(2)と全く同じであるし、「エスマイル」と読むとしても「スマイル」の部分で被告表示(2)と共通しており、最初が母音の「エ」であって聞き取りにくいことからすると、ほぼ同じ称呼ということができる。
【被告の主張】
1(一) 原告表示の観念は、原告の商号が「エスプランニング」であることからも、「エス」と「マイル」とに分けられるものであって、あえて「スマイル」の部分を取り出せるものではない。
(二) 原告表示の称呼は、「エスマイル」であって「スマイル」ではない。
原告は、原告表示の称呼は「スマイル」と「エスマイル」の二つであると主張するが、原告の発行しているチラシやダイレクトメールなどの印刷物ではすべて「エスマイル」と表示されていること(甲一ないし五、一六、二七、二九ないし三一)、「S」と「m」の間に「・」があることからみて、原告表示の称呼は「エスマイル」である。原告の取引業者においても、原告表示の称呼は「エスマイル」と認識されているのである(甲六、七、一七、二八、三五)。ただ、原告八戸ノ里店が開店した当初、原告表示を「スマイル」と思っていた業者がいたにすぎない。
2 被告表示(1)及び(2)は、以下のとおり、原告表示と類似しないものであり、混同が生じるとは到底考えられない。
(一)(1) 被告表示(1)を外観について原告表示と比較すると、原告表示はゴシック体であるのに対し、被告表示(1)は筆記体であること、原告表示は大文字のSの部分に熊の顔が描かれているところに最大の特徴があるのに対し、被告表示(1)は「i」の「・」の部分が女の子の顔になっているところに最大の特徴があることから、両表示の外観は全く異なるものである。
(2) 観念についても、原告表示の「エスマイル」と被告表示(1)の「スマイル」とは類似しない。
(3) 称呼について、被告表示の称呼「スマイル」は、原告表示の称呼「エスマイル」と明らかに異なる。
もちろん、称呼が若干異なっていても、その要部が同一であれば類似しているということができるが、原告表示の「エスマイル」という称呼は、原告の商号のイニシャルのSをベースにしたものであって(甲三三)、「エ」と「スマイル」は不可分であり、「スマイル」の部分のみを取り七して要部であるということはできない。原告の発行しているチラシやダイレクトメールなどの印刷物においても、「エス」と「マイル」の間に「・」があり、「エ」と「スマイル」に分けられるものではないことを示している。また、「スマイル」という語は「笑い、笑顔」という意味の英語に由来する広く知られた言葉であり、多くの営業者によって営業表示そのものあるいはその一部として広く使用されているものであるから、「エスマイル」という称呼は、「スマイル」ではないことによって独自の識別力を生じるのであって、「スマイル」だけを切り離すことはできない。
(二) 被告表示(2)は、本件仮処分決定を受けて、原告表示に使用されているアルファベット、青系統の色を避けて制作したものであり、アルファベットと片仮名の違い、色の違いから原告表示とは外観が全く異なっている。この両表示の識別が不可能であるとすれば、それはそもそも原告表示を記憶していないことによるものと思われる。原告主張のように、色彩が白色と原色の組合せであり、文字がゴシック体であるというだけで被告表示(2)が原告表示に類似しているというのであれば、いかなる表示でも原告表示と類似していると評価されることになってしまう。
三 争点2(原告は不正競争防止法三条に基づき、被告の商号登記の抹消登記手続を求めることができるか)について
【原告の主張】
商号とは、商人が営業上自己を表示する名称であり、法的には、権利義務の帰属主体を表彰する文字による記号であり、経済的、社会的には、商人の営業の同一性判断の道具である。一方、営業表示は、平成五年法律第四七号による改正前の不正競争防止法一条一項二号において「他人ノ氏名、商号、標章其ノ他他人ノ営業タルコトヲ示ス表示」と規定されていたものであり、自己の営業を表示するもので、特定の営業主体を示すものである。したがって、商号も営業表示も、営業活動においてその主体を特定するために使用されるものということができ、その機能は同じである。また、未登記商号については、法務局で確認することができないから、その認識は、もともと登録等の方法のない営業表示と同様、周知性によることになる。このような未登記商号と営業表示の類似性、誤認混同を生じるような行為を禁止することによって事業者間の公正な競争の促進を図ることを目的としている不正競争防止法の趣旨からすると、一地方において広く認識された未登記商号に基づき登記された商号の抹消登記手続請求を認めた裁判例の趣旨を及ぼし、一地方において広く認識された営業表示に基づき登記された商号の抹消登記手続請求も認められるべきである。
被告は、原告表示は全国的規模で周知性を取得しているわけではないから、全国的に効力の及ぶ登記商号の抹消登記手続請求は認められないと主張するが、被告自身、東大阪市長堂で営業活動をするのみであって、他の地域で営業活動を展開しているものではないから、被告の商号の使用も全国的なものではない。
【被告の主張】
商法二〇条はまさに登記された商号についての規定であり、商号は登記されることによって法務局により一元的に管理され、いわば公的なものとなるからこそ強く保護されるのである(被告は、法務局に類似商号がないか問い合わせたうえで商号を決定した。)。登記されていない単なる営業表示は、広く知られていなければ知りようがないのであるから、登記された商号と同様の保護を受ける理由はない。また、原告の主張によっても、原告表示は全国的規模で周知性を取得しているわけではないから、全国的に効力の及ぶ登記商号の抹消登記手続請求は認められない。
四 争点3(被告が原告に対して損害賠償責任を負う場合に支払うべき金額)について
【原告の主張】
被告は、故意又は過失により、被告店舗において被告表示(1)、(2)及び「スマイル」の表示を使用して平成八年三月一日から同年一二月三一日までの間に合計一億七八〇八万二三六八円を売り上げ、二三四万一六二六円の純利益を得た。
したがって、右純利益の額は、原告が被告の不正競争行為によって受けた損害の額と推定される(不正競争防止法五条一項)。
【被告の主張】
被告店舗開店後の平成八年の原告八戸ノ里店の売上げが平成七年に比べて落ちている(甲三三)としても、被告による被告表示(1)、(2)及び「スマイル」の表示の使用とは関係がない。
すなわち、被告店舗の顧客のほとんどは「布施ビブレ」に来店した際に立ち寄る者であり、被告表示(1)、(2)及び「スマイル」の表示が顧客を吸引する力を持っているものではない。被告店舗は、「布施ビブレ」を主要な店舗とする「ヴェルノール布施」という大型ショッピングセンターのテナントの一つであるところ、原告主張のように原告と被告の商圏が重なるとするならば、その商圏内に大型店舗が開店すれば他の小売店の売上げが減少するのは当然である。布施駅周辺の商店街においても、「ヴェルノール布施」が駅北側に開店した後、駅南側商店街の来店客が減少している(乙九)。大型店舗の顧客が乗降するのと同一の駅前の店舗においても来店客数が減少しているのであるから、別の駅前の店舗の来店客数の減少はより顕著であると思われる。
また、原告がサンリオと提携するなどキャラクターグッズの販売に力を入れているのに対し、被告はアクセサリー類の販売に重点を置いており(平成八年一二月までの被告店舗の売上げに占めるアクセサリー、化粧品類の売上げの割合は四割にのぼるのに対し、キャラクターグッズの売上げの割合は一割にも満たない。乙一〇)、営業内容が大きく異なる。被告は、原告八戸ノ里店とは異なる独自の品揃えにより顧客を獲得することによって売上げを増大させているのであり、これは被告独自の営業努力の結果である。
第四 当裁判所の判断
一 争点1(一)(原告表示は消費者の間に広く認識されているか)について
1 まず、本件事実関係の概要について、甲第一ないし第七号証、第九ないし第一一号証、第一三ないし第一七号証、第一九ないし第二二号証、第二四、第二五、第二七号証、第二八号証の1・2、第二九ないし第三一号証、第三三号証、第三四、第三五号証の各1・2、検甲第一号証の1・2、第二ないし第九号証、第三〇号証の1ないし4、第一一ないし第一七号証、第一八号証の1・2、第一九号証の1ないし3、第二〇号証、第二九、第三〇号証の各1ないし4、証人門田恵美子の証言、原告代表者、被告代表者の各供述及び弁論の全趣旨によれば、次の(一)ないし(四)の事実が認められる。
(一)(1) 原告は、平成六年四月八日、文具、玩具、袋物、食器等の製造、販売、輸出入等を目的として設立された株式会社であり、平成七年二月二五日、近鉄奈良線八戸ノ里駅前に設けた広さ約六〇坪の原告八戸ノ里店において、原告表示を営業表示として使用していわゆるファンシーグッズ販売の営業を始めた。取扱商品は、レターセットやメモ帳といった紙製品・雑文具、筆記用具、オルゴール、一般アクセサリー、バッグ、ソックス、服飾小物、一般化粧品、化粧雑貨などである。
(2) 原告八戸ノ里店の開店の際、原告は「Opening Sale」と題して同日から三月五日までの期間中における全商品二〇%割引を謳ったA5判のチラシ(甲三一)を一万枚印刷して(甲六)近鉄八戸ノ里駅及び小阪駅の駅前で配布したが、このチラシの下方中央部分には、原告表示が「S.」の部分は緑色で、「mile」の部分は青色で印別され、その下に小さくゴシック体の片仮名で「エス・マイル」と横書きされている。
原告八戸ノ里店の店舗正面の中央には、白色の縁取りをした青色の楕円形内に原告表示が「S.」の部分は緑色で、「mile」の部分は白色で書かれ、その下に小さく「S.PLANNING TEL06-725-3803」とゴシック体で書かれた看板が掲げられており、店舗正面の右上にも、原告表示が「S.」の部分は緑色で、「mile」の部分は青色で書かれた看板が掲げられている(検甲一の1・2)。
そして、原告は、買物客に対して、原告表示が大きく印字され、その下に小さく「
原告は、平成七年八月三一日から九月三日まで「秋のご優待セール」(甲二)、平成八年二月二三日から二七日まで「オープン一周年感謝セール」(甲四)を行い、メンバーに対してそのための割引券を兼ねた案内の葉書をそれぞれ送付したが、これらの案内葉書には、いずれも表下段に原告表示が大きく印刷され、その下に小さく横書きで「ファンシー雑貨のお店 エスマイル」と印刷されている。また、原告は、「エスマイルフェア」として、平成七年一二月一三日から一七日まで「オープン記念クリスマスセール」、同月二〇日から二五日まで「クリスマスフェア」、同月二六日から二九日まで「オープン記念年末大感謝セール」、平成八年一月二日から七日まで「お正月・お年玉セール」を行ったが、これに先立ち、左下に原告表示を大きく表示し、その下に小さく横書きで「ファンシー雑貨のお店 エスマイル」と表示し、その左横に熊の図柄を表示した優待券(割引券)付きのB5判のチラシ(甲三)を二〇万枚印刷し、朝日、毎日、読売、産経の各新聞の折込広告の形で東大阪市全域に一六万四三〇〇枚、大阪市東成区及び八尾市に三万二九〇〇枚配付した(甲六、七)。
(3) 更に、原告は、平成八年春に五月六日までの期間「エスマイル スプリングフェア」(甲五)、同年七月二〇日から二八日まで「エスマイルSummer Sale夏の大特価市」(甲一六)を行い、メンバーに対して前同様に原告表示等が印刷された案内葉書を送付した。
平成八年一一月七日、原告は、近鉄奈良線小阪駅前(東大阪市小阪一丁目七番二号)に原告小阪店を開店し、原告小阪店及び原告八戸ノ里店において、同日から一一日までオープニングセールを行ったが(検甲二九、三〇の各1ないし4)が、これに先立ち、左下に前同様に原告表示等を印刷し、両店舗の所在地を略図入りで示したB5判のチラシ(甲二七)を二〇万枚印刷して新聞の折込広告の形で配布した(甲二八の1)。
その後、原告は、平成九年一月一日から三日まで「お年玉感謝セール」を行い、メンバーに対して前同様に原告表示等が印刷された案内葉書(甲二九)を四五〇〇枚送付し(甲二八の2)、更に、同月八日頃、「HAPPY BIRTHDAY TO YOU」と題した一〇〇〇円分のプレゼント券兼用の案内葉書(甲三〇)を五〇〇〇枚印刷し(甲二八の2)、メンバーに対して適宜送付しているところ、この案内葉書の表にも前同様に原告表示等が印刷されている。
(二)(1) 一方、被告は、平成八年三月一日、会社設立と同時に、近鉄奈良線布施駅前にある「布施ビブレ」を中核とする「ヴェルノール布施」の専門店街に約六〇坪の被告店舗を設け、文具、玩具、袋物、食器、その他レターセット、ハサミ、メモ帳等のファンシーグッズの販売を始めた(検甲一四ないし一六)。被告店舗は、原告八戸ノ里店とは近鉄奈良線の永和、小阪の二駅を挟んで約二・五キロメートルの距離にある(甲一四)。
(2) 被告が開店当初被告店舗の外壁側入口に掲げていた看板及び「ヴェルノール布施」の外壁に設置された案内板には、青地に白色で被告表示(1)が書かれ、その下に小さくゴシック体で「VARIETY WORLD」と書かれており(検甲一〇の2・3)、建物内部側入口にも、黒色で被告表示(1)が書かれ、その下に小さくゴシック体で「VARIETY WORLD」と書かれた看板が掲げられていた(検甲一〇の4)。
そして、被告は、買物客に対して、被告表示(1)が大きく印字され、その下に小さくゴシック体で「VARIETY WORLD」と印字される領収書(レシート。甲一〇)を発行するとともに、中央又は中央下方に白色で大きく被告表示(1)を印刷し、その下に小さくゴシック体で「VARIETY WORLD」と印刷した青色の包装袋(検甲一一ないし一三)に買上げ商品を入れて渡していた。
被告店舗開店直後の三月七日、原告訴訟代理人弁護士が、被告に対し、原告八戸ノ里店は近鉄沿線において「エスマイル」又は「スマイル」の店として消費者の間で広く知られているところ、被告店舗の開店により消費者の間で混同を来しているので、「スマイル」の表示を一週間以内に変更されたい旨の内容証明郵便(甲八の1)を送付したが(甲八の2)、被告代表者は、弁護士に相談するにとどまった。
(3) 平成八年八月一日に本件仮処分決定が執行された後、被告は、前記の被告店舗の外壁側入口の看板、「ヴェルノール布施」の外壁に設置された案内板及び建物内部側入口の看板を、白地に赤色で被告表示(2)が書かれたものに変更している(検甲一八の1・2、一九の1)。また、「ヴェルノール布施」東南入口及び西南入口付近にある案内板には、片仮名で「バラエティ ワールド」「スマイル」と二段に書かれている(検甲一九の2・3)。買上げ商品を包装する包装袋については、被告は、右仮処分執行後、平成八年八月末頃までの間、赤色チエツク柄のもの(検甲一七)を使用し、その後、白色で被告表示(2)を印刷した赤色のもの(検甲二〇)を使用している。
(三) 平成六年一〇月一日現在における東大阪市、大阪市東成区及び八尾市の各世帯数・人口は、それぞれ一八万八七七二世帯・五一万三八七六人、三万二三四三世帯・七万八三八五人、九万四八一〇世帯・二七万五八六五人であり(甲一五)、平成八年九月三〇日現在における東大阪市の世帯数・人口は二〇万二一四八世帯・五二万〇二二二人であった(甲二二)。
(四) 原告八戸ノ里店の売上高は、一年を通じてみれば、三月、四月が多く、その後減少する傾向にあるものの、一か月七〇〇万円から一〇〇〇万円程度であるが、開店当初より商品数も在庫数も増加させ、前記のような各イベント(セール)を行つているにもかかわらず、被告店舗開店後の平成八年三月以降、前年同月の売上高を下回っている月が多い。
2 右認定の事実関係を前提に、原告表示が不正競争防止法二条一項一号にいう「需要者の間に広く認識されている」ものであるか否か、すなわち周知性を取得しているか否かを判断するに、営業表示が周知性を取得しているか否かは、営業表示の内容、営業の種類、取引の相手方・形態、宣伝活動の態様等によって総合的に判断することになる。
(一) まず、原告表示は、別紙目録(四)によれば、ゴシック体で「S.mile」と横書きされたうえ、「S」の上部に図案化された目と口のデザインが加えられて顔になっているものであり、「エスマイル」の称呼及び観念とともに、「スマイル」(ほほえみ、笑顔)の称呼及び観念を生じるものと認められる。
被告は、原告の発行しているチラシやダイレクトメールなどの印刷物ではすべて「エスマイル」と表示されていること、「S」と「m」の間に「・」があることからみて、原告表示の称呼は「エスマイル」であつて、「スマイル」という称呼は生じない旨主張する。確かに、原告表示自体、右のとおり「S」と「m」の間に「・」があり、前記1(一)(2)認定の事実によれば、原告八戸ノ里店の店舗正面中央及び右上に掲げられた看板では「S.」の部分と「mile」の部分とで異なる色が使用されており、また、チラシやダイレクトメールなどの印刷物では原告表示の下に小さく「ファンシー雑貨のお店 エス・マイル」と表示されている。しかしながら、仮に原告表示については「エスマイル」と読むことが想定されていたとしても、営業表示は商品表示のようにその付された商品を手にとって観察するようなものではなく、また、原告表示中の「S」と「m」の間の「・」は「S」と「mile」を完全に分断しつながりのないものであるとの印象を与えるほどの大きさではないこと、「smile」という語は、「笑い、笑顔」を意味する平易な親しまれた英語であること、「S」の上部に図案化された目と口が加えられてなる顔はほほえんでいる表情に見えること、原告が買上げ商品を入れて渡している包装袋や商品を購入した者に発行しているメンバーズカードに印刷されている原告表示については、看板やチラシ、ダイレクトメール等の印刷物のようにその下の「ファンシー雑貨のお店 エス・マイル」との表示がないのみならず、その上や左横に印刷された熊の図柄は、胴の部分が二段に「SMILE」「BEAR」と抜かれており、その顔はほほえんでいる表情であることに照らすと、「・」の部分を無視して「スマイル」と読み、記憶することが不自然、不合理とはいえず、むしろ、「エスマイル」というようなその意味するところを直ちに理解し難い読み方をされるよりも、「S」の上部の図案化された顔及び熊の図柄の表情との結びつきもあって、右のように「笑い、笑顔」を意味する平易な親しまれた英語の「Smile」として「スマイル」と読み、記憶される方が多いものといわなければならない。
(二) そして、原告及び被告がその店舗で小売販売をしているいわゆるファンシーグッズは、生活必需品というよりは興味がある者のみが何品も購入するというような商品であり、その店舗の利用者は、ほとんどが女性で、しかも小学生から大学生、OL、若い主婦というようにほぼ限定されているから(甲三三、原告代表者)、原告表示の周知性は、店舗のある地域におけるこれらの利用者を対象として判断すべきところ、原告表示自体、前示のとおり平易な親しまれた英語の「Smile」として「スマイル」と読み、記憶される方が多いから、ファンシーグッズの店のイメージと結びつきやすく、覚えやすいものであること、前記1(一)(2)認定の事実によれば、原告は、原告八戸ノ里店の店舗正面の中央及び右上という目にとまりやすいところに原告表示の看板を掲げていること、原告八戸ノ里店開店の際、原告表示を印刷したチラシを近鉄八戸ノ里駅及び小阪駅の駅前で一万枚配布したこと、平成七年一二月から平成八年一月にかけて「エスマイルフェア」を行った際には、これに先立ち、原告表示を印刷した優待券(割引券)付のチラシを二〇万枚印刷して朝日、毎日、読売、産経の各新聞の折込広告の形で東大阪市全域に一六万四三〇〇枚、大阪市東成区及び八尾市に三万二九〇〇枚配布したこと(東大阪市における世帯数一八万八七七二に対する配布率は八七%にのぼる)、買物客に対して、原告表示が大きく印字される領収書(レシート)を発行するとともに、中央下方に大きく原告表示を印刷し、その上に熊の図柄を印刷した包装袋に買上げ商品を入れて渡していること、原告表示と熊の図柄を印刷したメンバーズカードを発行し、スタンプ三五個分(買上げ金額三〇〇円毎にスタンプ一個で、合計一万〇五〇〇円分)の買上げをしてこのメンバーズカードにょり割引を受けた顧客及び原告発行のチラシを持参した顧客をメンバーとしてその住所・氏名・誕生日を登録して管理するとともに、このようなメンバーに対して、原告表示を印刷したイベント(セール)を案内するダイレクトメールを送付することとしており、平成七年八月三一日から九月三日までの「秋のご優待セール」、平成八年二月二三日から二七日までの「オープン一周年感謝セール」の案内葉書を送付したこと、このように登録しているメンバーの数は平成八年四月現在で三五〇〇名に達していることに照らすと、原告表示は東大阪市において、遅くとも被告が被告店舗を開店した平成八年三月には消費者の間に広く認識されている(周知性を取得している)と認めることができる。原告は、原告表示は東大阪市においてだけではなく、大阪市東成区及び八尾市においても消費者の間に広く認識されていると主張するが、地域の広さ、原告八戸ノ里店及び原告小阪店の位置等に照らし、今日に至るも大阪市東成区及び八尾市においては未だ消費者の間に広く認識されているとはいえず、これを認めるに足りる証拠はない。
被告は、原告表示は特に奇抜性、新奇性、独創性を有しないのであるから、原告表示が周知性を取得するためには、かなりの営業規模、営業期間、広告活動を必要とするところ、原告表示についてはそれらの点を肯定することはできないから、原告表示は周知性を取得しているということはできない旨主張する。しかしながら、乙第七号証(NTTハローページ)によれば、東大阪市において「スマイル」の名称を営業表示そのものあるいはその一部として使用している業者が八軒(美容室三軒、パブ・ブテイツク・紙工・建設各一軒、業種不明一軒)あることが認められるものの、「スマイル」が営業表示として広く使用されているとまでいうことはできず、前示のとおり原告表示についてはファンシーグッズの店のイメージと結びつきやすく、覚えやすいものであること、右認定においては周知性判断の対象となる者が原告八戸ノ里店のある東大阪市という比較的狭い地域におけるファンシーグッズ店利用者に限定されるのであるから、開店後一年間という期間は周知性を取得するのに短かすぎるとは一概にいえないこと、新たに店舗を知るきっかけは広告などの宣伝活動に限らず、いわゆるロコミによることもあること(甲「一二の1、証人門田恵美子、原告代表者)を併せ考えると、【被告の主張】1ないし4の点及び乙第一、第二、第一一号証を斟酌しても、原告表示が東大阪市において周知性を取得しているとの前記認定は左右されない。
二 争点1(二)(被告表示(1)ないし(3)は原告表示に類似し、誤認混同を生じさせるものであるか)について
1 まず、被告表示(1)は、別紙目録(一)によれば、やや右に傾いた丸みのあるゴシック体で「smile」と横書きされたうえ、「i」の字の「・」の部分がほほえんでいる女の子の顔になっているものであり、「スマイル」(ほほえみ、笑顔)の称呼及び観念を生じるものと認められる。一方、原告表示は、前示のとおり、ゴシック体で「S.mile」と横書きされたうえ、「S」の上部に図案化された目と口のデザインが加えられて顔になっている(ほほえんでいる表情に見える。)ものであり、「エスマイル」の称呼及び観念とともに、「スマイル」の称呼及び観念を生じるものであるが、「エスマイル」よりも「スマイル」と読み、記憶される方が多いものである。
したがって、被告表示(1)は、「スマイル」という称呼、観念を生じる点で原告表示と一致し、外観においても、横書きゴシック体で「smile」と表示されている点で一致し、ただ、<1>冒頭の「s」が、原告表示は大文字であるのに対し、被告表示(1)は小文字であり、「i」及び「1」が、原告表示は活字体であるのに対し、被告表示(1)は筆記体である、<2>原告表示は「S」と「m」の間に「・」がある、<3>原告表示は「S」の上部に図案化された目と口のデザインが加えられて顔になっているのに対し、被告表示(1)は「i」の字の「・」の部分自体が女の子の顔になっている、<4>被告表示(1)はやや右に傾いている、という点で相違しているが、相違点<1>及び<4>は、両者を並べて対比することにより初めて明確になる相違であり、相違点<2>は前記のとおり「S」と「mile」を完全に分断しつながりのないものであるとの印象を与えるほどの大きさではなく、相違点<3>は、アルファベットの一部を図案化してほほえんでいる表情の顔にしている点でむしろ共通しているということができ、いずれも大きな相違とは言い難いから、被告表示(1)は、ファンシーグッズ店利用者によってその称呼及び観念、更には外観に基づく記憶、印象から全体的に周知営業表示たる原告表示と類似すると受け取られるものであることは明らかであり、そして、被告は、前記認定のとおり、原告八戸ノ里店と同じ近鉄奈良線の駅前で原告八戸ノ里店から二駅を挟んで約二・五キロメートルの距離にある被告店舗において、被告表示(1)を営業表示として使用して同じファンシーグッズ販売の営業をしているのであるから、被告の営業を原告の営業と誤認混同させるものといわなければならない。現に、甲第一二号証の1ないし16及び証人門田恵美子の証言によれば、原告八戸ノ里店の利用者が被告店舗を原告八戸ノ里店の姉妹店(支店)であると誤解し、商品を購入したことが認められ、更に甲第三三号証及び原告代表者の供述によれば、原告の取引業者(納品問屋、銀行、内装業者)も、被告店舗のことを原告がもう一店出店したものと誤解していたことが認められる。
2 次に、被告表示(2)は、別紙目録(二)によれば、楕円形枠内に丸ゴシック体の片仮名で「スマイル」と横書きされ、その下に小さくゴシック体で「VARIETY WORLD」と書かれたものであり、「スマイル」の称呼及び観念を生じるものと認められる。
したがって、被告表示(2)は、「スマイル」(ほほえみ、笑顔)の称呼及び観念を生じる点で原告表示と一致しており、外観において相違しているものの、そもそも店舗の評判等は客同士あるいは取引業者において会話により伝えられていくのが一般的であり、その場合にはもっぱら称呼によって識別されるのであって、表示の外観までも説明することはむしろ稀であるのみならず、「smile」が平易な親しまれた英語であって、少なくとも中学生程度であれば、スマイルから直ちに「smile」を想起するものであり、スマイル=smileと認識されているということができるから、被告表示(2)は、ファンシーグッズ店利用者によってその称呼及び観念に基づく記憶、印象から全体的に周知営業表示たる原告表示と類似すると受け取られるものであることは明らかであり、そして、被告は、本件仮処分決定の執行後、被告店舗において被告表示(1)に代えて被告表示(2)を営業表示として使用しているのであるから、被告の営業を原告の営業と誤認混同させるものといわなければならない。
3 更に、被告が被告表示(3)のうち「スマイル」の表示を現に使用していることは前示のとおりであるが、被告は、本件仮処分決定の執行後、被告表示(1)とはできるだけ違うものにした(被告代表者の供述)といいながら、相変わらず「スマイル」の称呼及び観念を生じる被告表示(2)を選択して使用していること、本件訴訟における被告の応訴態度に照らし、本件訴訟における判決によって被告表示(1)、(2)及び「スマイル」の表示の使用が差し止められれば「スマイル」の表示を除く被告表示(3)を被告店舗において使用するおそれが十分にあるというべきである。
そして、「スマイル」の表示を含む被告表示(3)が原告表示に類似し、これらを被告店舗において使用することにより被告の営業を原告の営業と誤認混同させるものであることは、右1及び2に説示したところから明らかである。
三 争点2(原告は不正競争防止法三条に基づき被告の商号登記の抹消登記手続を求めることができるか)について
被告は、商法二〇条はまさに登記された商号についての規定であり、商号は登記されることによって法務局により一元的に管理され、いわば公的なものとなるからこそ強く保護されるのであって、登記されていない単なる営業表示は、広く知られていなければ知りようがないのであるから、登記された商号と同様の保護を受ける理由はないし、また、原告表示は全国的規模で周知性を取得しているわけではないから、全国的に効力の及ぶ登記商号の抹消登記手続請求は認められない旨主張する。
しかしながら、商号は、本来商人が営業活動上自己を表彰するために用いる名称であって、法律上の権利義務の帰属主体を表すものではあるが、社会的、経済的には営業の同一性を表示する機能を有し、営業の信用を化体し、営業表示としての性質を有することから、不正競争防止法二条一項一号は、登記商号であるか未登記商号であるかを問わず、また商号であるかそれ以外の標章であるかを問わず、他人の周知の営業表示と同一又は類似の営業表示を使用して他人の営業と混同を生じさせる行為を不正競争の一類型としたうえ、同法三条は不正競争によって営業上の利益を侵害され、又は侵害されるおそれがある者に、その不正競争すなわち類似営業表示の使用の差止めを求める権利を認めているのであり、その類似営業表示が登記商号である場合には、使用差止めを実効あらしめるために登記商号の抹消登記手続請求権も認められると解されるから、商号ではない営業表示たる原告表示が周知性を取得しており、被告表示(1)ないし(3)の使用により原告の営業と混同を生じさせるものである以上、原告が登記商号たる被告の商号の抹消登記手続を請求できることは明らかというべきである。原告表示が周知性を取得している地域は、東大阪市という比較的狭い範囲に限られるものではあるが、登記商号の抹消登記をすることが被告表示(1)ないし(3)の使用差止めを実効あらしめるために直接的、効果的である以上(被告代表者は、本件仮処分決定の執行後、被告表示(1)と全く違った営業表示に変更せず、被告表示(1)と同じ「スマイル」の称呼、観念を生じる被告表示(2)に変更した理由につき、社名が「スマイル」であるから他に変更のしようがなかった旨供述する。)、右判断を何ら左右しない。
四 争点3(被告が原告に対して損害賠償責任を負う場合に支払うべき金額)について
1 まず、被告店舗と原告八戸ノ里店老は、前記認定のとおり同じ近鉄奈良線の駅前で二駅を挟んで約二・五キロメートルの距離にあり、小学生でも自転車による移動が可能な距離であるから、両店舗の商圏は一致するものということができ、現に、原告八戸ノ里店の利用者が被告店舗を原告八戸ノ里店の姉妹店(支店)であると誤解し、商品を購入しているのであるから、原告は、被告の不正競争行為たる被告表示(1)、(2)及び「スマイル」の表示の使用により営業上の利益を侵害されたものと認められる。
そして、被告の右不正競争行為については、少なくとも過失があり、前記のとおり被告店舗の開店直後の平成八年三月七日に原告訴訟代理人弁護士が被告に対し、消費者の間で原告八戸ノ里店と被告店舗との混同を来しているとして被告表示(1)の変更を求めた以降は、故意のあることが明らかであるから、被告は、不正競争防止法四条に基づき、被告の右不正競争行為により生じた損害を原告に賠償すべき責任があるというべきである。
2 乙第一二号証の2によれば、被告は、平成八年三月から同年一二月までの間に一億七八〇八万二三六八円の売上げを得、右期間の純利益(当期利益)は二三四万一六二六円であったことが認められる。したがって、不正競争防止法五条一項により、右利益の額は被告の不正競争行為により原告が被った損害の額と推定されることになる。
被告は、被告店舗開店後の平成八年の原告八戸ノ里店の売上げが平成七年に比べて落ちているとしても、被告による被告表示(1)、(2)及び「スマイル」の表示の使用とは関係がない旨主張し、その理由として、まず、布施駅周辺の商店街においても、被告店舗が入居している「ヴェルノール布施」が駅北側に開店した後、駅南側商店街の来店客が減少しており、別の駅前の店舗の来店客数の減少はより顕著であると思われる旨主張する。しかしながら、乙第九号証(東大阪商工会議所実施の布施駅周辺商店街の経営者に対するアンケート)によれば、「ヴェルノール布施」開店後来店客が減少したと回答した経営者は、北側商店街で二七・六%、南側商店街で四二・四%、合計で三八・〇%であるが、一方、「ヴェルノール布施」開店後も来店客数に特に変化はないと回答した経営者が北側商店街で四三・七%、南側商店街で三九・〇%、合計で四〇・四%を占めることが認められることに照らすと、原告八戸ノ里店の売上高の減少は「ヴェルノール布施」が開店したことによる影響であると一概にいうことはできず、未だ右推定を覆すに足りない。
また、被告は、原告がサンリオと提携するなどキャラクターグッズの販売に力を入れているのに対し、被告はアクセサリー類の販売に重点を置いており、原告の店舗とは異なる独自の品揃えにより顧客を獲得することによって売上げを増大させているのであり、これは被告独自の営業努力の成果である旨主張する。しかしながら、仮に被告主張のとおり原告八戸ノ里店と被告店舗とではその主力取扱商品に違いがあるとしても、それらはいずれも小学生から大学生、OL、若い主婦を販売対象としたファンシーグッズの一種であることに変わりはないから、前同様、未だ前記推定を覆すに足りない。
第五 結論
以上によれば、原告の本訴請求のうち、被告表示(1)ないし(3)の使用差止請求(請求の趣旨第一項)は、東大阪市における文具、玩具、袋物、食器、ファンシーグッズ等販売の営業についての使用差止めを求める限度で理由があるので認容し、その余の部分は理由がないので棄却することとし、その余の商号登記抹消登記手続、廃棄、表示抹消、損害賠償を求める請求(請求の趣旨第二ないし第五項)はいずれも理由があるのでこれを認容することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 水野武 裁判官 田中俊次 裁判官 小出啓子)
別紙目録(一)
<省略>
別紙目録(二)
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別紙目録(三)
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別紙目録(四)
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